さなぎのはなし
土に潜っていくいもむしを見て、また明日も遊ぼうね、新鮮な葉っぱ取っておくね、と話しかけた。
いもむしはもう出てこなかった。
1日経っても姿が見えない、暗くしても出てこない、不安になってそっと土をひっくり返すと、土の塊がコロンと出てきた。
土でてきたミノムシみたいな繭。中に何か入っている。
ああ、さなぎになってしまった。
もう二度といもむしとは会えないんだと悟った。
土の形を整えて真ん中に繭をそっと乗せた。
そこからは蛹の形成に失敗しないようにと数日放置した。
いもむしと戯れたのはたったの10日程で、もっと一緒に過ごせば良かったとこの時めちゃくちゃ後悔した。後悔して涙が止まらなかった。
あんなに愛おしいものを触ったのが久しぶりだったから。
普段生き物なんて育てないし。
1週間くらい安静にしたところで土繭を開けてみた。
さなぎになる途中で失敗した固体や、寄生虫の事も知っていたから怖かった。
つるんとしたおしりが見えた時はホッとした。
とっても綺麗にさなぎになった、わたしのペット。
またいもむしになって出てきてくれたら良いのにと思った。
この子が越冬するモードに入っているのかよくわからなかったので、寒すぎるところには置けず、涼し目の室内に置いていた。
持ち上げたり刺激を与えると、
「もに、もに」
と尻を振る。
生存確認に3日に1回は「もに、もに」を確認していた。
だんだん体が黒くなり、尻の振りが大人しくなって行った。
それがいいのかダメなのかよくわからない不安な気持ちで見ていた。
そして今日、さなぎになってから1か月と3週間で彼は出てきた。
とりあえずはおめでとう。
でも嬉しいような、悲しいような。
成虫になったいもむしはとても綺麗だったけど、体が脆くてうかつには触れない。
そして成虫になってからの寿命は数日。
1月の寒さの中外に放つか、このまま閉じ込めて餌をあげながら看取るか、決めあぐねている。
いもむしのはなし 後編
そう言えば今までも少しずつ伸びていってたけど、気付かないうちに小さな脱皮殻をその辺に残していたのかもしれない。
ちゃんと脱皮殻を見たのはこれが初めてだ。
それからは異様な食欲で葉っぱを食い始め
めちゃくちゃ伸びた。
色も心なしか薄い。
そしてこの頃にはいもむしを触る事に対して抵抗が無くなっていた。
大きさ的に潰してしまう不安が減ったせいもあるかもしれないが。
いもむしはすべすべしてひんやりとしてとても気持ち良かった。
足で掴まれる感覚がクセになりそうだ。
あげる葉っぱもプランターのバジルでは足りなくなり、白菜をあげ始めた。
基本は卵を産みつけられた葉っぱで育てなければいけないが、このいもむし(ヨトウムシ)は畑でよく見られる害虫の一種で何でも食べるのでスーパーに行けば餌には困らなかった。
ただ農薬が不安なので、農家直送エリア(虫がよく付いてる)にある白菜を買って、尚且つ中心付近の葉っぱをよく洗ってあげた。
白菜を食べるとフンの色が黄色になり片付けがしやすくなった。
こんな感じで綿棒のケースに排水溝ネットを被せて飼育していたが、ある日窓際に置いて仕事に行き、帰ってくると姿が消えていた。
「ヨトウムシは夜行性で土に潜る」とあったので土の中に居るのかと思いすぐには探さなかった。
この子は一度も潜ったことがなかったけど、やっと成長して潜るようになったのかーなんて呑気に構えてた。
それでもなんだか不安になり土をひっくり返すとなんと居ない。
慌ててさっきまで置いていた窓際を探し回ると、窓と窓のサンの間の小さな隙間に落っこちていた。
うっかり気付かずに窓を開けていたら即死、それでなくとも外の気温が直に伝わる金属の冷たさは結構なもので、一晩放置したら死んでいたかもしれない。
体が大きくなって排水溝ネットのゴムを押し退けて出られてしまったんだ、可哀想な事したなと反省。
こうなった。
キンキンに冷えてしまったいもむしが心配で心配で手に乗せてストーブであっためたりしてた。
何度も手に乗せるうちに、最初は硬直して置物みたいになってたいもむしは慣れて歩き回るようになった。
そしてわたしをエサと思ったのかシャリシャリとかじってくるようになった。
葉っぱを与えるとよく食べる。
この頃が1番可愛くて、愛おしくて、撫でたりしながらしょっちゅう触っていた。
そしてある日、いもむしは土に潜った。
さなぎのはなしへ続く。
いもむしのはなし
知ってる人は知っているけれど、いもむしを飼っていた。
飼っていたものはもういもむしでは無くなってしまったし、飼いたくて飼ったわけでもなかった。
それでも、毎日この子のことを考えるくらいには、印象に残る出会いだった。
出会いは11月15日。
少し寒くなってきて、ベランダで栽培していたバジルを部屋の中に入れた。
本当は冬は枯れてしまうのだけど、室内なら越冬できるかの実験だった。
水をやっている時に葉にいもむしがついているのを見つけて時が止まった後、軽く絶望した。
昔からいもむしが大の苦手だったから。
なんとなく殺したくなくて、ケースに移した。
野菜についてきた奴等はゴミ箱に入れてきたのにな。
何でかと問われても「自分で手にかけたくなかった」という類の感情だったとしか言えない。
あと少しだけ、縁を感じた。
地面から離れたアパートのベランダにほんの少しだけ存在したこの緑を、よく見つけたなあという不思議な関心があった。
いもむしを育てるのは簡単だった。
葉っぱを入れておけば無限に食べた。
ただわたしの心中が穏やかではなかった。
暑く無いか、寒く無いか、空気が悪く無いか、殺虫成分のある物体は近くに無いか、葉っぱに殺虫剤がついて無いか、もし寄生虫が出てたら…
毎日起きていもむしが生きてるのを見る度にホッとして仕事に行った。
いつも覚悟はしていた。
まだ触りたくはなかったし、正直気持ち悪くて少し嫌だったけど、命に対する愛情は芽生えていた。
ある日いもむしが全く動かなくなった。
調べたら葉っぱが萎びてると食べないとあったので、新鮮なものに変えたが食べない。鼻先に持っていっても食べない。
もう死んじゃうのかな…とまた覚悟した。
次の日見るとまだ同じ場所でいもむしは固まっていたが、足元にゴミが落ちていた。
後編へ続く。